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ムスメミユキ
  • 春麗の衣装を持った黄色いワンピースの女

  • 2014年06月25日水曜日 | カテゴリー:


    やはり日ごろからの習慣、習慣というよりは文字通り「生活」というのは大事だなあと思います。

    あっ

    前の記事から続いて歌舞伎の話なんですけどいいですかね。。

    歌舞伎がたいへん楽しかったということは前の記事でも書きましたが、初歌舞伎で感じたことがもうひとつあって、それは「女形に目立つ不自然さ」で、それは女形といっても男だからな、という話ではなて、「舞」はたいへん美しい、(どっちかというと女よりも女らしいかもしれぬ)というぐらいの美しさで、それというのはやはり「男が思う女の理想像」の一種の具現化が歌舞伎の女形でるところにあるのでしょうか、それは宝塚歌劇団の男役のかっこよさが女性からみた男の理想像であるのと同じなのかもしれません、この文長い、なかなか句点がつかない、まるで古文を訳しているようだ、ここらへんでそろそろ句点をつけよう。
    女形の舞のなんというのか、所作や型というのはなんとも艶かしく、(いい年こいたおっさんなのに。。)ということを忘れさせるぐらいですが、「不自然」だと思ったのは、その人が舞台の中心からひいたときです。つまり赤と白の隈取化粧をした人が舞台を足でドンドンやったり寄り目で首をカッカッとしたりしている最中の女形。
    たとえば「着物の裾を直す」とかの何気ない動作、これがいかにも「あっ着慣れない着物を直している」といいましょうか、「さあ裾を直すぞ」という空気が伝わってくる。僕が比べるのは舞妓さんとかのそれです。着ているものはほぼ一緒、踊りの型やスピリットもおそらく共通したものがある、ではなぜそこに不自然さがあるのか!
    と考えたら、「普段から着物を着ているかどうか」に尽きるのではないでしょうか、舞妓さんなんかは普段から着物でしょうが、歌舞伎の女形なんかはそれこそ稽古もジャージだったりするわけで、やはりそういうところになにげないしぐさが出るのだろうかなあ、と考えながら歌舞伎座を後にしました(帰りに銀座のいきなりステーキを食べました)。○○。

    ※○○に各自気の利いた締めの一文を入れましょう(心の中だけで結構です)。
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